ソフトウェア事業と共同体

日本のソフトウェア企業の売上の約7割はSIです。多くの顧客は安心・安全を求めて発注先として大手ソフトウェア企業を選びます。大手ソフトウェア企業はシステム開発のプロジェクト管理と上工程(要求設計・機能設計・構造設計)を担い、下工程(詳細設計・コード化・テスト)は外注するのが一般的です。企業によっては、上工程の大部分を外注するケースもあります。中小零細企業はこの大手企業の下請けとなっています。下請け企業もまた外注するいわゆる孫請けを行うこともあります。このような慣習を指してITゼネコンと呼ばれる多重構造が生まれました。多重構造であっても、末端の企業が正当な収益を上げることができるならば、何ら問題はありません。しかし、下請け、孫請け、・・・と階層が下になるにつれ、最下位の企業はピンはねされて、見るも無残な状況に甘んじなければならなくなるケースがあります。

このことをデータで見てみましょう。以下の表1と表2を見てください。両表とも経済産業省の平成18年特定サービス産業実態調査:

http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabizi/result-2/h18/excel/h18-t-01.xls

から抜粋・加工しました(調査データにはすべてのソフトウェア企業が網羅されている訳ではないようですが、ある程度の信頼性がありますので、このデータを使用しました)。

表1 ソフトウェア企業規模別事業所・従事者・売上高分布

ソフトウェア企業規模 事業所 ソフト従事者 売上(百万円) 1人当り売上
% % 売上 % 万円
全体 10,789 100 521,613 100 10,476,004 100 2,011
4人以下 2,306 21.4 5,711 1.1 91,863 0.9 1,609
5-9人 1,952 18.1 13,273 2.5 198,456 2.0 1,495
10-29人 3,344 30.1 57,969 11.1 740,443 7.1 1,277
30-49人 1,219 11.3 45,995 8.8 577,760 5.5 1,256
50-99人 969 9.0 66,586 12.8 976,283 9.0 1,466
100-299人 733 6.8 119,787 23.0 1,919,777 18.0 1,603
300-499人 130 1.2 48,977 9.4 880,782 8.0 1,798
500人以上 136 1.3 162,765 31.2 5,090,641 49.0 3,128

表2 年間売上高別事業所・従事者・売上高分布

年間売上高規模 事業所 ソフト従事者 売上(百万円) 1人当り売上
% % 売上 % 万円
全体 10,789 100 521,613 100 10,476,004 100 2,011
1千万円未満 523 4.8 939 0.2 2,842 0.03 303
1千万円以上三千万円未満 1,002 9.3 2,990 0.6 17,121 0.16 573
3千万円以上1億円未満 2,379 22.1 16,598 3.2 133,003 1.3 801
1億円以上10億円未満 5,383 49.9 146,025 28.0 1,592,568 15.2 1,091
10億円以上100億円未満 1,333 12.4 192,905 37.0 3,060,991 29.2 1,587
100億円以上 169 1.6 161,606 31.0 5,669,479 54.1 3,508

表1によると、300人未満のソフトウェア企業が96.7%を占めています。ソフトウェア従事者の約60%がこれに該当します。また、表1の300人未満のソフトウェア企業の「1人当たり売上」を見ると100万円/月以上あります。しかし、実際には中小零細企業の実体はもっと低い状況です。変だと思いませんか? 理由は多重構造のため売上が多重計上されているのではないかということです。下請け企業の売上は元請け企業の売上に含まれ、統計上両者が加算されているのではないか。表2の売上規模10億円未満企業の1人当たり売上が実体に近いのではないでしょうか。大手企業の1人当たり売上は中小企業の倍以上になっています。下請け企業への発注で業務を賄っていますので、その企業の「1人当たり売上」は高くなる訳です。

表1と表2から分かることは、ソフトウェア企業には中小零細企業が圧倒的に多いこと、従業員数が少なく、売上規模が小さい企業は経営が難しい、また、零細企業の中には、1人当たり売上が相当低く(表2参照)、従業員の将来が保証されていない企業もある、・・・ということです。

また、次の表3を見てください。表3は先の経済産業省および総務省の「住民基本台帳に基づく人口・人口動態及び世帯数」データと内閣府のデータ(H18年)から作成しました。

表3 ソフトウェア業の首都圏傾斜

全国(a) 東京、神奈川、埼玉、千葉(b) b/a×100
人口 1億2,705万人 3,402万人 27%
県内総生産 516兆円 164兆円 32%
事業所数 10,789 4,693 43%
従事者数 521,613人 320,418人 61%
ソフト事業売上 10,476,004百万円 7,609,538百万円 73%

表3で注目すべきは、人口や県内総生産の首都圏集中以上にソフトウェア業関連従事者数やソフト事業売上が首都圏に偏っていることです。その理由は、日本のソフトウェア産業がSI主体であることに関連しています。SIは顧客とソフトウェア企業が近くにいなければ効率的でないという事情があります。大企業の本社機能が東京に集中している、金融業を始めとする大手サービス企業が東京に集中している、官庁関係の情報部門が東京にあることなどに起因していると考えられます。

ソフトウェア事業の需要を生み出している首都圏の顧客はSIシステムを大手ソフトウェア企業に発注し、中小零細ソフトウェア企業や個人事業者は大手ソフトウェア企業からの下請け、孫請け、・・・になって仕事を獲得しているのです。そのため、首都圏には派遣・請負い型のソフトウェア企業がひしめいています。地方から東京に事務所を移したり、東京にリエゾン・オフィスを置く地方ソフトウェア企業もあります。中国やインドなどの海外ソフトウェア企業はこの市場をビジネス・チャンスと捉えて、中堅以上の国内企業と組んで攻めてきています。従って、日本の中小零細ソフトウェア企業は益々価格競争に晒されています。

関係者の話によると、この統計に現われないが、劣悪な条件で仕事をしている中小零細企業や個人事業者が相当数いるようです。本稿では、こうした人達を含め、中小零細企業や個人事業者が将来性のある事業を継続させて行くにはどうしたら良いか考えてみたいと思います。現在の状況を仕方のないことと捉える向きもあるでしょうが、少し立ち止まって考え直すべきではないでしょうか。

1つの提案をしたいのですが、その前に、関連するいくつかの点について述べておきたいと思います。

1)  ソフトウェア産業も市場原理主義型経済システム(簡単に言えば1人勝ちを許す資本主義)の罠に嵌っているのでは? 勝者の代表格はマイクロソフトやGoogleでしょう。これらについては皆さんご存知の通りで、いまさら解説することもありません。前記の大手ソフトウェア企業に信用が集まり、中小零細ソフトウェア企業や個人事業者が立ち行かなくなるのも、規模こそ小さいのですが、同じ構図になっていると思います。潤沢とは行かないまでも資金力がある大手企業は勝者になり、それ以外はなかなか勝者にはなれない。大手企業の技術者が中小零細企業の技術者よりも圧倒的に優れているとも思えないなのですが、結果的に大手企業の技術者は比較的豊かな生活ができ、中小零細企業の技術者や個人事業者は応分の報酬を受取ることができない。そうした経済システムの中で中小零細企業は少しでも豊になろうと日々努力しているのですが、罠に嵌ってしまっている。なんとか罠から抜け出さなければなりません。それには同じルールの下で勝負しないことにすれば良いのでは? つまり、1人で立ち向かうなどという無謀なことはせず、弱者が集まり、協力し、負けない仕組みを作り、一緒に生きて行く道を探ることが必要だと思います。
2)  ソフトウェアは複雑で、ちょっとしたソフトウェアでも1人で価値あるものを仕上げるのは困難です。1人でできることはソフトウェア・システムのほんの一部だけで、大勢の技術者が集まって仕事をする必要があります。今日の経済システムの下ではお金がなければ始まりません。中小零細企業や個人事業者が単独でできることではありません。このことが1)で述べた罠に嵌る要因になっていると思います。
3)  雇用の7割を占める中小零細企業や個人事業者のIT化が遅れています。理由はIT化資金がないばかりだけでなく、必要性も少ないからです。各企業が大企業を真似て現状の体制のままIT化するほど無駄なことはありません。1)で述べた弱者が集まり、協力し、強者に負けない仕組みを作り、組織化し、その段階でIT化するならば、大きな効果を発揮するでしょう。
4)  オープンソースが注目されて久しいですが、Linux、Apache、MySQLなど基盤系の多くのソフトウェアがオープンソースとして世に出されています。注目したいことはオープンソースソフトウェアが数千人からなる貢献者が整然とした大規模なソフトウェアを開発しているという事実です。企業が行うならば大規模プロジェクトで、失敗を重ねてようやく完成にこぎ着けるようなものをです。ソフトウェア自身の価値もさることながらオープンソースソフトウェアを生み出したオープンソースコミュニティの存在は何か可能性を秘めていると思います。オープンソースの貢献者達は自らの生活費は別のビジネスから得ています。彼らはオープンソースソフトウェアの開発が社会に役立つことに価値を感じ、自らの時間と頭脳を使っているようです。
5)  ソフトウェアには下記のような特徴があります。
a) ソフトウェアはインフラである
組込ソフトウェア(製品の一部)
企業システム
企業間システムのインフラ
社会システムのインフラ
b) ソフトウェアは他産業と連携しなければ発展しない
c) ソフトウェア開発は他の産業を振興させる手段になる
d) ソフトウェアは都市部と地方、世界を連携させる手段になる
上記3)で述べた組織作りにはソフトウェアのこのような特徴を最大限に活用すべきです。

上記からからお分かりのように、私は共同体作りを提案しています。中小零細企業や個人事業者を支援する協議会や団体は多数存在します。そうした組織は間接的な支援を行ってはいますが、経営の根幹をなしている訳ではありません。もう一つ踏み込んだ、一員になれば生きて行ける共同体が必要だと思います。

共同体と言っても多様です。地域密着型であっても良いし、そうでなくても良い、共通の事業基盤となるもので、参加者それぞれができることを、できる範囲で貢献し、各員は共通の事業基盤を利用できるものであれば良いのです。

具体的には、こうした共同体の構成員によって異なってくるでしょうが、私がイメージしたものを述べると次のようなものです。

1. 体力に応じて各企業・個人が出資
2. 自治体も出資
3. 経営は同業者の出身者
4. 運営は各企業・個人の「わりふり」で
5. 人材育成は共同
6. 営業活動
7. 融資・出資
8. 外部との窓口

地域社会のIT化などは各企業が個別にやるのでなく、地域のこのような共同体が請け、責任を持ち、各企業や個人が個別に行うより競争力があり、大きな仕事ができるのではないでしょうか。そして発展的・持続的ではないかと思います。

参考文献

(1)ボランタリー経済の誕生 著者:金子郁容、松岡精剛、下河辺淳 他  実業の日本社

(2)アングロサクソンは人間を不幸にする 著者:ビル・トッテン  PHP研究所

(3)オープンソースの成功 著者:S・ウェバー  毎日コミュニケーションズ

(4)だれも知らない 世界と日本のまちがい 著者:松岡正剛  春秋社

(5)週間エコノミスト 2008.4.15 21世紀地球人へのメッセージ

「同感の論理」を欠いた覇権国アメリカの崩壊の世紀か 著者:伊藤光晴

(6)週間エコノミスト 2008.4.22 21世紀地球人へのメッセージ

資本主義も社会主義も超えた真にゆたかな社会制度の創設を 著者:宇沢弘文 ■

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